2016年 コミュニケーション能力

私は毎年、1月の年の初めの教室カンファレンスで、出席者全員に対して、年頭所感を述べさせてもらっている。
これは私にとって毎年の重要な行事である。前年に心に残ったことを思い起こし、新しい年に向かって、教授としての基本方針、それを成し遂げるための戦略を十分な時間とって考える良い機会となっている。今年の年頭所感には、コミュニケーション能力の重要性をとりあげた。

1) コミュニケーション能力とは?

コミュニケーション能力とは、他人に知識や考え、感情を伝え合う力である。
私たち皮膚科医は、患者さんと一対一で充分にコミュニケーションする力が必要である。患者さんの理解できるような言葉と態度で説明しているか、逆に、患者さんの訴えをしっかりとくみ取れているか否か、常に意識することが重要である。
コミュニケーション能力が優れている医師は、患者さんからの信頼が厚い。逆にコミュニケーション能力が劣っている医師は、たとえどんなに知識に満ち溢れていようとも、患者さんから厚い信頼を得ることはできない。最近ほとんどの大病院で電子カルテが導入され、医者は診察中もコンピューターの画面を確認することが多くなり、患者の目を見て話す時間が少なくなる傾向がある。しかし、いかように医療環境が変わろうとも、医者と患者との良好なコミュニケーションは、良好な医療の質の担保に必要不可欠である。日常診療を通して、医師は患者との良好なコミュニケーションの技術を習得し、患者を全人的に理解しようとする努力が望まれる。たとえば、患者さんに平気でため口でしゃべる研修医が入局してきたとしても、「医師は謙虚な気持ちを忘れず、患者さんに対する言葉づかいにも気を遣うべきだ」という姿勢を、北大皮膚科教室員は後輩の研修医に示してくれると信じたい。また病棟での患者・家族への病状説明(インフォームドコンセント)はいかにすべきか。内服ステロイドで生じうる副作用などを正確に伝えるのは基本中の基本であり、誰でも気を付けていることと思う。では、悪性黒色腫の告知はどのような態度で臨むべきであろうか。医学的事項、今後の治療法や事務手続きなど、伝える事項は沢山ある。しかし患者さんは、癌という言葉に動転して、そこから先は何の説明も耳にはいってこないかもしれない。一方的に自分が伝えたい情報だけを押し付けるのは良好なコミュニケーションとは言えない。また、コミュニケーション能力は、医師と患者間以外の場でも非常に大切である。例えばチームのリーダーになるべき立場の人間にとっては、指導すべき後輩の皮膚科医や、看護師などコメディカルスタッフとの良好なコミュニケーションを築けなかったら、チームは崩壊する。人の上に立つリーダーのコミュニケーション能力は、年齢を重ね、役職、地位があがるにつれてより大きくなる。常に下の者の意見に耳を傾け、若い人が何を考えているのかを把握するとともに、若い人だからこそ考え付く、斬新なアイデアを嗅ぎ取り、組織をより改善することができる能力があるか否かは、リーダーとしての資質である。

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2) ランチミーティングを通じたコミュニケーション

コミュニケーションで一番重要なのは、情報発信だろうか?
単なる情報発信であれば、たとえ大きな組織であったとしても、それほど難しくない。
北大皮膚科では、国内・国外に対してはもとより、教室員に対しても英語・日本語の教室年報を発行し、英語・日本語のホームページも充実させ、主要な教室の会では、教授挨拶を必ず行っている。
しかし、コミュニケーションとは単なる情報の発信ではない。それぞれの意見、考え、感情を通わせることである。
北大の教室関係者は人数が多いだけに一人ひとりと教授がコミュニケーションを十分取るというのは、それなりに時間がかかる。ましてや多忙なスケジュールの中、皮膚科教授が医学部の学生と時間をとって個人的に話をすることは容易ではない。
そこで私がこの15年間継続して行っているのは、臨床実習をしている医学部5年生約100人とのランチミーティングである。
皮膚科の臨床実習では、2週間ごとに5〜6名の学生1グループが、皮膚科を回ってくる。その期間中に必ず1度は
グループの学生全員を教授室に招いて、寿司を食べながら2時間のランチミーティングを行っている。まず、各学生に自己アピールになるような自己紹介をしてもらい、その後、質疑応答も含め、全員で自由に話しあう。皮膚科の事ばかりではなく、これから医師として生きていくうえで重要な様々な雑談も出る。たとえば、「視野の広げ方」、「大きな夢の持ちかた」、「英語の勉強の仕方」など、話題は実に多様だ。私にとっては2週間に一度であるが、1年間通じてやっているので、5年生100人全員と親密なコミュニケーションがとれ、学生の名前もある程度覚えられる。北大皮膚科の教育システムに興味を持って、将来入局してくれる学生もいる。無記名の学生アンケート調査では、皮膚科教授とのランチミーティングは臨床実習の中で常に人気上位である(学生にとっては、ランチでお寿司をご馳走してもらえるから好評なのかもしれないが???)。
ランチミーティングは、学生にコミュニケーション能力の重要性を自覚してもらう時間でもある。逆に私にとっては若い人の
パワーをもらうと同時に、若い人とのコミュニケーション能力を高める良い機会となっている。そして、その年代の学生の考えや要望を知ることにより、皮膚科教育体制の改善にも役立たせている。さらに、私はランチミーティングを学生とだけにとどめず、教室員らとのコミュニケーションの場として、積極的に役立たせている。具体的には大学勤務の准教授から初期研修医まで全員と、最低年に1回、一人ずつ教授室に招いてランチを共にしている。教室員とは普段十分にコミュニケーションをとっているつもりでも、個人的に時間をとって話をする機会は、努力して作らなければできにくいものである。教室員とのランチミーティングでは、大勢の中では話しにくいいろいろな話ができる。
職場の状況、改善できる点など忌憚のない意見を聞けるのはもちろんであるが、教室員の家庭・子供の状況、働きぶりなども自然とわかり、私が教室運営の基本方針を考えるうえで重要な情報を教えてくれる。さらに大学院生とは最低年に2回、ランチミーティングを行っている。その時に、小一時間、各自の研究の進捗状況をスライドで発表してもらい、私が十分理解したうえで、研究成果とその問題点をについて討論する。学生、教室員、大学院生など含め、私年間を通じて、昼食の3分の2以上をランチミーティングに使っていることになる。休息する時間が無いという見方もできるが、ランチミーティングは楽しく、いろいろ若い人から学ぶことが多い。教室員や学生が私とのランチミーティングを通して、教授はコミュニケーションを大事にしている、コミュニケーション能力は大切だ、と感じてくれることを密かに望んでいる。

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3) 英語のコミュニケーション能力

コミュニケーション能力は大切だが、日本語だけのコミュニケーション能力では、一流の皮膚科医としては不十分である。
世界の共通言語である英語でのコミュニケーション能力も、一流の皮膚科医を目指したいと思う教室員には絶対必要である。北大皮膚科へ入局した研修医は、週に一回の英会話個人レッスンが義務付けられ、native の複数の英会話教師を医局に招き、英会話レッスンを行っている。これは北大皮膚科教室から世界の皮膚科のリーダーを育成したい、という私の信念に基づく戦略である。いわゆる「鉄は熱いうちに打て」である。英会話では、「正確な発音」と「英文構築能力」の2点が重要である。発音はカラオケの練習のようにnativeの講師の発音を正しく再生する練習を繰り返すのが効率的だ。若い人にはなるべく早期に国際学会で英語発表の機会を与え、native speaker が読む原稿を録音させ、最低100回は声を出して同じペースで発音する練習を繰り返し、原稿なしで喋れるように指導している。一方英文構築能力は、英文症例報告を数多く書くことによって、誰でも必ず養える。研修医の中には「僕は英語だけは苦手ですから、期待しないでください」という人が、過去にもたくさんいた。しかしそういう人でも、今では英語講演がうまいと評判の大学スタッフになり活躍している。地道に努力さえすれば必ず上達する証拠である。そういう私自身も、いまだ地道に努力している。毎週火曜日の正午から、英文論文校正のプロであるMikeと2時間のランチミーティングを、もう8年間続けている。英語のコミュニケーションであるから、本題からそれて二人の好きなワインの話題に頻繁に飛んでしまうこともある。しかし、こつこつ8年間積み上げてきた成果が、ようやく今年Wiley-Blackwell Publication から英語の皮膚科教科書Shimizu’s Dermatologyとして出版される予定である。まさに「千里の道も一歩から」である。日本語・英語にかかわらず、コミュニケーション能力は意識することによって、より高めていくことができると強く感じている。