2015年 書く力

教授就任16年目を迎えるが、決してぶれず、絶えず言い続けている言葉がある。北大皮膚科教室員に対してはもちろんのこと、医学生に対しても言い続けている言葉である。それは「日本一を目標にしても意味は無い。どんな小さな分野でも良いから、世界一を目標にしよう、つまり、大きな視野を持つべきだ」ということだ。
教授が周囲の人間を巻き込んで言い続けているのだから、当然自分に対しても毎朝つぶやいている。それが私のエネルギーにもなっている。世界一を目標にするのであれば、当然発信力の原点である「書く力」は重要である。最近のこだわりを書いてみた。

1) 英語の症例報告論文

「自分の症例は徹底的に勉強し、文献を調べまくり、患者さんには最高の治療を提供すること」を口を酸っぱく、教室員にうるさく思われる位、言い続けてきた。その中で適切な症例があれば、短くても良いので、すぐに英文の症例報告論文を書くように指導している。これはとくに入局したばかりの新進気鋭の研修医とって、とても大事な教育である。
英文の症例報告論文は、慣れてしまえば1日で書けるが、最初は書くのは大変で、何編もの過去の英文論文を読み勉強し、何がこの症例報告で新しい重要なメッセージとなりうるのかということを理解しないと、論文は書けない。学会に発表する前に、論文を書くということを教室の基本方針にしている。
これは英文論文を書いた経験が無い人にとってはかなり大変なことである。しかし3編くらい論文を書くと、勉強の仕方や、執筆・投稿の要領が分かってくる。しかも教室には多数の英語論文を書いてきた百戦錬磨の助教以上のスタッフが勢ぞろいしている。直接の指導教官に何度も何度も校正され、共著者校正、プロの英文校正も終わった投稿直前の論文が、「教授の最終校正お願いします」と私の元へe-mailで毎週送られてくる。
そんな時の私の基本方針であるが、どんなに忙しくても自分の仕事を一旦中断し、若い人の論文をまず集中して校正する。極力24時間以内に校正を終え、論文を教室員に送り返すことを目標にしている。研修医にとってみれば、何カ月もかかってやっと教授に提出したばかりの論文でホッとしているかもしれない。それが翌朝メールを見たら、もう教授の校正版が戻ってきているわけである。これを研修医がどう感じるかは、わからない。ただ、私がプロの皮膚科医、教育者としての自覚と誇りを持って仕事に取り組んでいるということが分かってもらえればと願っている。
英文の症例報告論文を書ける力がなかったら、大学院で良い研究をしてもNatureクラスの論文に挑戦できるわけはない。まずは入局1年目から全員に対して勉強する方法を教え、英文の症例報告論文を書いて「書く力」を養って欲しいと願っている。

2) 教室年報:甲子会だより

従来B5版白黒であった「教室年報:甲子会だより」を、私が北大皮膚科に赴任した時から、A4判カラーにして出版しており、本号が私にとって16冊目の教室年報:甲子会だよりである。そもそも私は書き物が好き、つまり出版編集が好きだ。日本語版皮膚科教科書「あたらしい皮膚科学」しかり、英語版皮膚科教科書「Shimizu’s Textbook of Dermatology」しかり、英語皮膚科雑誌の「Journal of Dermatological Science」の主任編集長も5年間務めた。
その私が教授就任以来16年間を通して毎年こだわりを持って編集出版してきたのが本誌、「教室年報:甲子会だより」である。本誌は2部構成になっており、前半は「英語・日本語版の教室年報」、後半は日本語のみの「同門会誌:甲子会だより」である。教室年報は教室員各自の1年間のactivity:業績をまとめたものであり、海外の読者の方が多いことより、英語を基本にしており、左に英語、右に日本語訳となっている。
私が出版するからには最高のクオリティのものにしたい、との強いこだわりがある。教科書しかり、雑誌しかり、教室年報しかりである。「教室年報:甲子会だより」は私にとっても大切な意義を持っている。その年の教室年報の企画構成をする過程で1年間の教室全体の仕事・自分の仕事を客観的に振り返ることができる。それにより反省すべき点は反省し、常にpositiveに新しい発想で教室の短期、中期、長期の計画を立てるチャンスにもなる。
こだわりを持ってqualityの高い「教室年報:甲子会だより」を出版することによって、教室員各自が自分の1年間を振り返り、さらに充実した新しい一年の計画を立て、北大皮膚科教室員であることの誇りを感じてくれることを願っている。

3) Shimizu’s Dermatology

皮膚科の教授になった以上、世界一の皮膚科教科書を出版したい、と心の奥で思ってきた。2,000時間をかけて、強い思いで書きあげた「あたらしい皮膚科学」は2005年の出版以来、幸いにも、日本で最も購読されている皮膚科教科書であり続けている。今後の第3版の改訂出版に向け、現在も毎週常に最新の内容、より良い写真の収集に時間を費やしているが、これが私のとってのかけがえのない皮膚科学の勉強時間にもなっている。
しかし、心の底には日本一ではなく、世界一購読される皮膚科教科書を出版したいという思いが沸々と湧いている。しかしそれは日本語で書いていては無理で あ る。 実 は2007年 に「Shimizu’s Textbook of Dermatology」という英語の教科書を出版し、同時に教室ホームページにもアップロードした。この際、海外の出版社は教室ホームページへのアップロード等の規制が厳しいために、日本の出版社から出版した。しかし日本の出版社は国際的な流通販売経路を持っていないため、国際学会の書籍コーナーや、世界各地の書店には私の本は並べることができない。楽天的な私は、購入したい人はAmazon.comで購入するだろう、と当初は考えていたがそれほど世の中は甘くない。一部の国や大学の先生には使ってもらってはいるものの、実際に手に取って見たこともない皮膚科教科書に1万円近くも払ってamazonから購入する人はそれほど多くはなかった。
この失敗を踏まえ、2007年から現在まで約8年間をかけて、毎週火曜日を使って、あたらしい英語の皮膚科教科書出版に向け、最新の内容・画像をこつこつ準備してきた。今年の6月までには、すべて脱稿の予定である。
問題は外国のどの出版社から出版するかということである。いろいろと交渉を進めた結果、ある有名な出版社と最近出版契約を交わした。しかし出版社からの提案で驚いたことがある。内容は良いので任せる、しかし「Shimizu’s Textbook of Dermatology第2版」ではなく、教科書のタイトルを「Shimizu’s Dermatology」と変更しないか?との提案であった。
私にはtextbookという単語を使わない皮膚科教科書など、とても思いつかなかった新鮮な提案であった。とにかく、チャレンジしないと何事も始まらない。「Shimizu’s Dermatology」のチャレンジはもうすぐ始まるはずである。