2019年 留学 再考

このたび、教室の大学院生、渡邉美佳医師と、鎌口真由美歯科医師が、学位取得後に、日本学術振興会の留学基金を得て無事留学の運びとなり、安堵している。私が若かった頃は、欧米諸国の方が圧倒的に研究が進んでいたため、上を目指すためには留学するのが当たり前であった。留学のポストを狙って、同僚との競争も激しかった。しかし、最近の若い日本の学生は海外留学に行きたがらない人も多く、私たちの年代と比較して、留学者数も減っているそうだ。留学に興味のない人に言わせると、今や海外と日本の研究での格差はなくなり、日本国内で十分に研究が可能だとか、留学は無駄なお金がかかるとか、準備が大変だ、という現実がある。それでも私は、現在においても、言語も文化も全く違う異国での数年間の留学・滞在というのは、本人にとってかけがえのない将来の財産となると思っている。

留学の主目的の一つは、その道の最先端の研究室に入ることで新しい知識・手技を学び、Nature、Science、Cell などの一流雑誌に発表できるような研究を遂げることであろう。しかし、私は留学でもっと大事なことは、当人の人間としての視野、いわゆる国際的な視野(Global View)が広がること、そしてこれまで全く関わり合いのなかった言語の違う親友が多くできることだと思っている。

私が留学したのはロンドンであるが、英国では酒を飲む文化が違う。日本なら、飲みにいく、というと、居酒屋にいって、飲みながら食べることになるだろう。ところが、ロンドンでは、飲みに行こうと言うとパブにでかけ、1-2リッターのビールをただただ飲みまくり、食事をするという概念はない。飲んだあと、おなかのすいた人だけあらためて食事に行く。このような文化の違いが面白いわけだ。日本では当たり前の常識が、世界では当たり前ではない、そのことを気づくだけで、自分の視野や価値観は大きく広がる。

研究室では、皮膚の微細構造の解明を目指して、様々な国の出身の同僚と議論したのはもちろんのこと、クリスマスに、同僚と皮膚科チャリティーと称して、クリスマス音楽隊を名乗り、地下鉄構内で歌を合唱し、小銭の寄付(研究費)をもらったりもした。また、英国皮膚科学会の親睦旅行で2週間のヨルダン旅行に行ったことも良い思い出だ。

このような体験が、自分が日本人としてだけでなく、国際人として生きていく、という自信と実感を湧かせてくれるのだ。そして、今では国際皮膚科学会の重鎮となった面々と共有したこのような思い出と友情は、形を変えて生き続けるものである。
渡邉美佳先生はイタリアへ、鎌口先生はドイツにそれぞれ留学したが、留学の資金は彼女たちが日本で努力を重ねて積み上げた研究成果により得た学振の研究費である。留学を通して、さらに視野の広い国際人として育ってほしい。そして将来の指導者として皮膚科学の進歩と後輩の育成に貢献してくれることを期待したい。